偏差値70からの大学受験Part9

からの続きです。


 

18、かかってこい,僕には敵などいないんだ!

 

 

 

僕は泣いていた。いつまでも泣いていた。「もうどうなってもいい」、そう全てを捨てていた。すると不思議なことに、いつの間にか僕は眠りにおちていた。精神の限界を超え、疲れが波となって押し寄せてきたのだ。何日ぶりか、僕は深い眠りの中にいた。

 

 

翌日の2月21日。早稲田の法学部入学試験。

その時、僕の体調は完璧だった。

脳はさえわたり、力に満ちあふれている。昨日、「限界」にまで追いつめた事が、全ての勝因だったのだ。ピ−クを過ぎた僕の精神は、試験のみに集中出来る最高の状態にあった。

大教室には400人程度の受験生がいたが、敵はやはり自分自身だった。

「この運命に挑戦してやる、今なら僕を止められないぞ!ドラマは終わりだ!」

僕は心の中でそう叫ぶと、自分の力を信じた。もう、「運命」は抵抗出来なかった。

体が万全ならば、やはり問題などどこにも無い。その年は国語が難化したが、僕には関係なかった。完璧に読める、解ける、そんな興奮さえ沸き上がってくる。英語もスラスラ読めて、迷うところはない。「満点近く取らないと受からない」、ここまで歪んだ僕の勝負だったが、この時はそれでも手応えがあった。1年目とは違う、「完璧」という感覚だ。

22日の政治経済学部、23日の商学部、早稲田3連戦は、僕の能力が思うところなく発揮された。

25日は国立、東京外国語大学だった。

SFCより一歩レベルが上回るこの大学の試験は、英語一教科。長文から英作文、要約、そしてヒヤリングと何でもありの、英語に限れば日本最難関だ。日本中から英語を極めた学生が集うという。

大阪外語大を制したこの僕だ。腕がなる。この頃になると、もうプレッシャ−などどこにもなかった。

2時間半の試験時間、僕の全てを試験用紙に書き付ける。完璧だった。最高の表現が出来た。大阪外語大をしのぐ出来だった。

全ての受験を終えた後、僕はすがすがしい気持ちに満ちていく。思いも寄らないことに、それは初めての経験だった。

 

 

19、クライマックス!運命が変わる日!

 

 

 

東大の試験日まで2週間を残す2月28日。早稲田の政経、法学部の合格発表である。 僕は政経のキャンパスのベンチに座り、静かにその審判の時を待っていた。「カズヤも1年間ここで勉強しているんだろうな」、ふとそんな事を考えた時だった。

僕の周りにいる受験生の群集が、ドッと湧く。そう、合格番号の掲示板を持った職員が、やってきたのだ。合格発表が始まる。周りの受験生、そしてそれを祝おうとする早稲田の応援団。

「ついにクライマックスか」

泣きそうになる気持ちを僕は抑えた。−11128−運命を決めるこの番号を確認する。緊張からか、手が震えている。ノドもカラカラだ。しかし今日は負けない。やってやるよ、これが最後の言葉だった。

僕は前に出た。

 

−11024−

−11050−

−11053−

−11080−

−11082−

−11128−

−11134−

−11135−

・・・・・合格

「終わった、終わったんだ」、力が一気に抜け、今までの記憶がとんでいく。全ての感情を超えた。それは夢の世界だった。

ようやく気付いた。冷静に考えられた。これだけ偏差値を上げたんだ、だから受かって当然なんだ、何をそこまで悩んでいたんだ。

「呪い」の様に苦しみ続けた受験という大命題。勉強している時は、どれだけ難しいんだろう、と悩み続けた。「死」まで覚悟した。しかしそれだけ苦しめば、絶対に手に出来るものだった。すごくも何ともない。努力さえすれば手に入るという、「簡単」なものだった。全てが終わった今、僕は憑き物が取れたように、そう悟った。

事実これだけ成績があれば、もう落ちることはなかった。あれだけ恋焦がれた「合格」が、次々と僕のもとに舞い込んできた。

早稲田大学政治経済学部、合格。

早稲田大学法学部、合格。

早稲田大学商学部、合格。

東京外国語大学英語学科、合格。

 

「ウソじゃないよな、本当に合格したんだよな」「もう、取り消されるなんてことはないよな」、僕は何回も自分に問いかける。合格した、その事実を受け入れるまでに時間が費やした。信じられなかったのだ。

狂喜、そして狂喜。僕は叫びながら喜んだ。最後まで僕の姿は格好悪く、人間臭かった。もちろん大学に受かった事も嬉しい。ただ一番僕が嬉しかったのは、「自分自身で自分の運命を変えたこと」だった。「受験」というフィ−ルドをとった。しかし最終的に追い求めたのは「受験」の先にある、「自分自身」だった。だからこれだけドラマがあったんだ。

 

 

20、大団円!

 

 

 

「受かりましたよ!受かりました!片っ端から合格しました!」

僕の歓声が響いている。もう誰にも文句は言わせない。完全合格だった。受話器の向こう側のシンジさんは、感激して泣いてくれた。「やりましたね!絶対斎藤サンなら受かると思ってました!」、もう会話にさえならない。

彼は僕と同じだった。ブランドを得るために、また合格証明書をもらうためだけに、10万円もの旅費をかけて「筑波大学」を2月に受験していた。入学するつもりなんて毛頭無いんだから、全くの無駄である。もう意地であった。

その筑波にも合格していたシンジさんには、二重の喜びである。彼は僕と電話しながら、もう一台の携帯電話でカズヤにつないだ。電話の向こうでは、僕と話しながらも彼はカズヤに興奮気味に僕達の勝利を伝えている。

「斎藤サンに代わります!」彼は電話を二つ逆さにくっつけて、僕の声をカズヤに送ろうとした。

「聞こえますか−!斎藤です!受かったぜ−!」

もう喜びから、自分が何を言っているのかも分からない。ただ1年ぶりに、彼に「勝利」を伝えたかった。彼の上京の日から、会うことはもちろん、一度も話したことさえ無かった。

1年前、必ず合格して、彼の前に再び「対等な友」として現れることを誓った。それが今日だったのだ。

電話同志をくっつけたので、電波が混線し雑音がひどかった。それでも彼の祝福する声が聞こえてくる。そう、あの懐かしい声だった。

「おめでとう、本当におめでとう」

「ぎゃははは、聞こえないよ、声が!雑音がひどすぎる!何っ、何−?」僕は何回も何回も聞き返していた。

シンジさんも入り混じって、3人は雑音が飛び交う中、大声で叫び合う。笑い声はいつまでも途切れることはない。

僕達が出会ってから2年経った。その3人の戦いは、「勝利」という最高の形で幕を下ろす。ついに3人は、3人とも同じラインに並んだのだ。しかし多くの時がたった。思えば長すぎるドラマであった。

そして僕達は勝った。だが何度も言う。それは「受験」にではない。その先にある「自分自身」に勝利したのだ。

歓喜のラストシ−ン、まさに「大団円」であった。

 

21、3月。日本頂上決戦!

 

 

 

4つの合格という武器は、僕に強固な自信を付けた。これまでの実績、成績は「プレッシャ−」から、僕を後押しする「パワ−」へと変わっていた。「呪縛」から解かれた今、恐いものなどこにもない。

サ−クル中に合格メ−ルを送ると、彼らさえもう余裕が無くなった。「おめでとう」、この一言が神戸の地から一切届かない。しかし僕はそれを腹立たしいとは思わなかった。むしろ「沈黙」こそが、最高の誉め言葉である事を分かっているからだ。

後は天下を取るだけだった。

3月13日、東大2次試験当日。偏差値80の僕の第一志望校だ。「今ならいける」、あの言葉が確信を持って迫ってきた。

試験会場の東大に着く。「とうとうここまで来たか・・・」、僕は込み上げるものを感じていた。教室に入ると、そこには今までとは違う、異様な緊張感が張りめぐらされている。当然だ。「センタ−8割後半」を一次試験合格ラインとしているため、「記念受験」「勘違い野郎」はもはやここにはいないのである。受験者全員が最高レベルを誇るツワモノ達だ。

試験科目は英語と日本語の論文。試験時間はそれぞれ2時間半で、合計5時間もある「最強」の試験だ。そのレベルはもう受験生の手に負えるものではない。ここまで来ると、「運」など通じない。日本の頂点にふさわしい「最強の勇者」のみが、合格できる正義の場である。

試験が始まると、僕は悠然と立ち向かった。

「今なら何でも出来るんだ、誰にも負けることなんてありえないんだ」

もうそこには、あの惨めな僕の姿はない。誰の目にも映るものは、自信に満ちあふれる「勝者」の輝きであった。

英語ではもう「読めない」なんて問題は存在しない。4ペ−シ弱の「最高レベル」の英文を、わずか30分程度で読破。何回も何回も、書き直しがで出来るほど完璧に答案を作った。予定通りである。

2時間目の「日本語」に突入する。

例年の試験パタ−ンは、難解な哲学書から膨大な文章が出典され、それを踏まえての2400字論述。テ−マは「人間とは何か」であった。僕が東大でも、文学部を受験した最大の理由は、このテ−マゆえだった。

思えばこの2年を超える年月、僕は「自分」、そして「人間とは一体何なのか」についてずっと考え続けた。「人間」、これは僕の人生のテ−マでもあったのだ。

その年、試験傾向が大きく変わった。テ−マ「人間」は動かないものの、出題に使われたのは「文章」ではなく、たった3枚の「写真」だった。僕はそれを見た瞬間、思わず吹き出した。笑うしかない、もう何でもありの、次元を超えた難しさだったのである。

2時間半、僕はその3枚の写真を使って、この戦いのの思い全てを、2400字に叩き付けた。

本音を全てさらけ出せ!「本当の自分」って、「人間の真の姿」って何なんだ?醜さと向き合え、直視しろ、そこから全てが始まるんだ!それが「人間」なんだ!

答案は出来上がった。悔いはない。僕は静かにペンを置いた。その瞬間、32カ月ほぼ毎日受験勉強という悪夢から、僕はついに解放された。

 

 

22、堂々終戦!これが僕の人生だ!

 

 

 

3月23日東大合格発表日、この日は僕の誕生日だった。この「ドラマ」の結末を飾るにふさわしい、僕はそう感じた。「舞台」は全て整った。

この日、僕は一人で発表を待つ。その内心には、感極まるものがあった。

ここまで波に乗っている。「今の僕には不可能などない」、こんな傲慢にも似た言葉でさえ、確かな説得力をもって響いてくる。

「東大に受かれば何も言うことは無い。この地獄の日々が全て報われる。正義は最後に必ず勝つ。頂点に立つのは、この僕だ!」

僕は「最後の勝利」、そしてこのドラマの「結末」を待つだけだった。

恒例のごとく東大の学生応援団が、「今か、今か」と騒いでいる。そして時刻は10時を指す。ついに大学関係者が、合格掲示板の周りにあるロ−プを外した。全学部、同時合格発表だ。受験者達が一斉に動き出す。すぐに歓喜の声が、あちらこちらから飛んでくる。僕は深呼吸をして、自分自身を落ち着けた。その時、「受かる直感」が脳裏をよぎる。ドラマが最高の加速を始めた。僕は群集をかき分け、掲示板の一番前に立つ。顔を上げた。 「あ・・・・・」

 

 

そこに番号はなかった。

 

 

何かの間違いだ、僕はもう一度番号を確かめた。何度も何度も確かめた。しかしいくら目を凝らしても、そこにはあるはずの番号がなかった。僕の番号だけがなかった。

「はははははっ」、その時僕は笑っていた。「・・・・落ちてるよ、何だ落ちてるよ」僕はおかしくてたまらなかった。ここまで、ことごとく受験大学は合格してきた。正義は必ず勝つ、確かにその通りだ。偏差値80まで上げた、それだけの力があれば落ちるはずはなかった。

ただ「どこまででも受かる」と思い込んだ。これが間違いだったのだ。僕は肝心な事を忘れていた。

「100やれば、10返ってくる」

 

この受験はこの一言から始まったはずだ。そう、これはそんな「ドラマ」なのだ。そしてその主役は他でもない「僕自身」なのだ。

最後まで僕の人生はこれだった。これがくつがえされる事は、とうとう最後の最後までなかった。何を思い上がっていたんだ、東大合格?それじゃあ100やって100返ってきてるじゃないか、僕は痛感していた。

これだけ勢いに乗ったが、それでも100やって100、ましてそれ以上は絶対に返ってこなかった。だから早稲田、外大に落ち着いたんだ。長い長いドラマだった。しかし考えてみれば、「100やって10返ってくる」、結局これは何も変わらなかったのだ。

そんな馬鹿馬鹿しさが、たまらなくおもしろかった。だから僕は笑っていた。「番号がない」、この光景がドラマの結末に一番ふさわしかったのだ。

「やっぱりね」

何度もこうつぶやいた。そして「祭り」の様なその舞台から、僕は静かに引き返していく。

 

そんな帰り道、僕はふと考えた。

「これからどうする」

さらにもう一年やれば東大に受かるかも、そんな事も頭をよぎった。

しかしその時、僕は心から言えた。

 

「すいません、もう出来ません、勉強嫌いなんです」、と。

「オマエはバカだね、惨めだね、東大落ちてさ」、そう言われても、その時の僕は何も悔しくはなかった。「そうなんです、僕バカなんで・・・」、この一言が言える。むしろ卑屈にさえなれた。だけど気分は心から晴れやかである。

何故なら、僕は目指していたブランドが手に入ったからだ。確かに東大は落ちた。しかし去年かなわなかった場所にまで、死ぬ気で這い上がった。僕を支える確かなものが、今は手に出来た。それは何を言われても、動じない「余裕」だった。自分とはこういう人間だ、という確かな「自己」だった。

「俺は本当は頭が良いんだ、能力があるんだ」「ブランドより、人間性だよ」、大人になるにつれて、いつしか自分を守るために、たくさんの「言い訳」を身にまとった。しかし、ようやく決着がついた。僕の人生からコンプレックスが消え去ったのだ。虚飾はもはや一つもない。目の前には、裸の自分自身の姿があった。自分は一体何者なのか、何が自分にとって一番幸せなのか、ようやく分かった。

 

僕のドラマは終わった。33カ月。本当に長かった。しかし「ゴ−ル」は「スタ−ト」である。新しい自分がそこにいる。そう、ここから僕の人生は始まるのだ。何が起きるか分からない。だけど僕には不安はなかった。

何故かって?

答えは簡単だ。確かな「自分」がいるからだ。33カ月もの時間をかけて、ようやく出会えたのは、紛れもない本当の「自分自身」だった。

いつまでも僕の側にはそんな「自分」がいる。苦しくなった時、何か壁にぶつかった時、「自分自身」に尋ねてみればいい。「どうしようか」って聞いてみるんだ。そうしたら、必ず答えが見つかるだろう。

人生って楽しいな、そんな言葉が僕を包み込む。

 

何だ、普通じゃないか。僕はそう思った。

ドラマが終わったその後に、いつもの変わらぬ僕がいた。

何もかも「普通」の僕がいた。

 


 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

東大理三を目指して浪人し、東大模試で理三A判定、センター試験本番で93%得点したところまでは良かったが、550点中1.8点差で不合格になり、慶應医学部に進学して、勉強法ブログをずっと書いているどんぐり。 あと英単語・古文単語学習用アプリを作っています。