偏差値70からの大学受験Part2

の続きです。


2、1999年4月 これが日本一の夜間だ!

 新入生説明会で手にした学生証には、「神戸大学経営学部在籍」と書かれ、そこに「夜間」の文字はなかった。僕は後ろめたい気持ちを抱えながら、「ついに神戸大学生になれたんだ」と自分に言い聞かせていた。

 神戸大学夜間コ−スは、経営学部、法学部、経済学部の3つからなり、それぞれ人数は50人程度。普通の大学だったら、1学部に500人程在籍し、まず全員の顔を覚えることはありえない。ところが我ら夜間は人数も少ないので、ほとんどのメンバ−と顔見知りになれる。「夜間」だけあって、そのキャラクタ−は衝撃的だった。

 まず自己紹介では、大抵の学生は「どこどこ大学を落ちて、夜間にやってきた」と、始めた。「俺はここにいるけど、本当は頭が良いんだよ」という、彼らのプライドを痛いくらい実感した。そして初日から「夜間脱出」、他大学へ3年生から移る「編入試験」の話で盛り上がった。

 前に座る女の子達の話に耳を傾ければ、「私受験で第一希望落ちたけど、夜間が大好きなんだ。落ちたけど私の人生、夜間に来た方が良かったんだよ」と慰め合っている。

 僕の仲間はどんどん増えていったが、その中にも普通の同年代の学生に混じり、バラエティ−に富んだクラスメイトが一杯いた。夜間生にはどの様な学生がいるのか、読者の皆様も興味があるだろう。

 まずカルチャ−ショックだったのが、クラスには一見40代の「主婦」の様な、奥様がたがいた。他にも一度大学を出て。再度夜間に入学した27才の男。2浪して夜間に入り、後にベンチャ−企業を起こして、夜間を退学するベンチャ−君。コンピュ−タ−と二か国語を使いこなす、中国出身のチャイニ−ズ君。

「夜間」ということでそのメンツも色とりどりだった。「普通」だった高校時代から考えると、見たこともない世界だった。

 授業は夕方の6時から始まる。六甲山の中腹、標高400メ−トルに位置する大学は、自然に囲まれた最高の環境にあった。夕焼けの中、昼間の大学生が楽しそうにおしゃべりをして、山道を下ってくるのを横目で見ながら、僕達夜間の学生は山道を上っていく。何故か良い気分がしない。「普通の神戸大学生とは違う」、そう言われている気がするからだ。そうして授業が終わるのは、もう真暗な夜の9時である。

 一週間もたたない内に、「何か違うな・・・」と思い出した。

 僕が今まで生きてきた世界とは全く違う世界。僕が勝手に思い描く「さわやかなキャンパスライフ」とは明らかに違っていた。

 昼食を学食で食べ、ファイルケ−スを抱えながら、昼のまぶしい光の中、急いで授業に向かう。このイメ−ジとはかなりかけ離れていた。サークル活動も夜間生は時間的に参加しづらい。

僕はこの夜間に通うたび、大学に対する満足は、早くも薄れていった。

 確かに授業のレベルは文句ない。

ただ僕が言いたいのは、そんな高度な事ではなく、「神戸大学には入れた・・・ただ楽しくない、普通ではない」という、下らない事なのである。

 僕の「受験」は本当に終わったのか、こんな疑問さえ抱くようになった。

 こんな僕に、これからのドラマを作り上げる、二人の男との出会いがやって来る。その名はシンジさんとカズヤである。これが全ての始まりであった。

 入学式からわずか3日目。いつもの様に教室に入ると、一見するとどこにでもいそうな、「真面目タイプ」の男が声をかけてきた。

 「授業はここの教室でいいんですよね」。

 彼がシンジさん。その横にはやや小柄で、おとなしそうな男がいる。彼の名がカズヤだ。

 高校時代には交流したことないタイプの彼らだったが、僕らは何故かうちとけた。それは彼らが、とてもおもしろい事を考えていたからだ。

 年は一年先輩であったシンジさんは、東北出身。浪人して国立東北大学を狙い、不合格。関西の有名私大への合格は決めていたものの、この神戸大学夜間に、「昼間に合格した」と地元では偽って、入学してきたらしい。

夜間に決めたその理由は、昼間に編入試験の勉強をするためである。彼は僕が感じていた、夜間に対するコンプレックスを正々堂々と認め、編入試験の予備校に通っていた。口先だけの他の学生とは違い、実際に行動に移していたのだ。

 「編入試験」とは、入学後目指す勉強の方向性が違った学生のために、2年生の秋に試験を受け、3年生から他大学に移行するというシステムである。後々分かった事であるが、受験生の大半は、「やりたい勉強」というより、「偏差値の高い大学に行きたい」という、欲望から受験するという。つまり「敗者復活戦」のニュアンスが強い。

 シンジさんは、夜間に入学後迷わずこのチャンスに挑戦していた。

 「夜間を2年後に抜けだし、東北大学、そして京都大学を狙っています。偏差値の高い、自慢できる大学に行きたいんですよ」と熱く語った。

 「自分が満足したいなら、夜間だとか学歴だとか気にしないで、正々堂々自己紹介出来る、偏差値の高い大学に行けばいいんだ」、僕は正直になれた。

 そして次にカズヤの話を聞いた。この時はまるで気付くはずもなかったが、このカズヤこそが、シンジさんよりもこのドラマを大きく動かすことになるのだ。この時点での印象からは思いも寄らない事であった。

 彼は僕と同年代で、シンジさん同様東北出身。そして彼は編入より、来年すぐ受けられる「再受験」を考え、昼間は予備校に通っていた。彼は言った。「東京にあこがれてまして、来年には東京の大学などを受験しようかと考えています。一年浪人をするかわりに、「保険」として夜間に入学しました」。

僕はこれらの話を聞いて、「もう一度やってみようか」と思う様になった。昼間は暇なのだ。勉強しようと思えば出来る。受験は終わっていない。

「もう一度受験するという事は、コンプレックスに陥った自分を救う事になる」、そう考えると行動は早かった。親に頼み込み、昼間はカズヤと同じ予備校に通うことになった。

3、夜間はクサい!?

 そんな2重生活の中、最初の模擬試験がやってきた。

  現役の貯金もあり、英語は67という偏差値をとれる様になっていた。

 続いて国語、偏差値は67。問題ない。

 最後に数学だが、これは苦戦した。やはり基礎が出来ていない。偏差値59。まだまだ一年間頑張っていこう。こういうところだろう。

 この模擬試験の結果を、「話題のタネに、、、」と軽い気持ちで大学の連中に見せてしまった。しかしこれがおおいにまずかった。

  通称「王将」というヤツに、まず見せてみる事にした。

彼は龍国大学(偏差値50)から仮面浪人して、この「夜間」に入ってきた人で、「この神戸大学夜間にはい上がってきた」ということに誇りを持っていた。

当然といえば当然なのかもしれないが、王将にとって、僕らの「仮面浪人」「模擬試験」の話はおもしろくない。僕達が王将の入ってきた「神戸大学夜間」を否定しているからだ。「この夜間にはいたくない、他の大学に行きたい」などという僕の考えは、彼を不快にし怒らせてしまった。

 僕をイヤな目でにらみつけると、彼は関わりたくないと言わんばかりにサッサと行ってしまった。

僕達の仮面浪人の噂は瞬く間に広がった。

 全員いい気はしなかったらしい。今考えてみると当然なのかもしれない。

 しかし大学生というものの姿が少し見えてきた。僕は大学生になったら、僕達みたいに仮面浪人じゃないかぎり、「偏差値」という概念はなくなるものだと思っていた。

 もちろん受験では「偏差値」は目標だが、大学生となればそんなものから開放され、大学で勉強を極めていくもんだ。別に僕達が「偏差値が高い大学に行きたい」といっても、みんな「へぇそうなんだ」という位で、さほど気にしない僕は思っていた。

 しかし現実は違った。彼らはイタク気にしていた。「もう一回受験するんだって?」と聞いてくるヤツもいたし、陰で「仮面浪人生」と噂していたらしい。その表情にははっきりと「良くは思っていない」というのがにじみ出ていた。そんな事は、ニブイ僕にでもはっきりと分かった。

 

こんな話がある。僕達の友達に「バクダン」というヤツがいた。彼は同期の夜間生だ。彼は教科書を買うため、大学の教科書売り場に行った時のことだ。そこで彼はショッキングな出来事に出会う。

 売り場では、昼間学生用と一緒に夜間学生用の教科書を売っており、レジごとに「昼間・経済学部」とか、「昼間・経営学部」とかフダを貼って、学生達は自分の学部ごとに並んで買うことになっていた。ところが当然「昼間」というコ−ナ−があるんだから、「夜間」というコーナーもある。

 そこでバクダンは、その夜間のレジに並んでいた。そうしたら、隣の「昼間」の列に並んでいた女の子達が、バクダンの方を見て、「あれ夜間の学生だよ。夜間はクサイ。」と話していたらしい。

もちろん大声で聞こえる様に言ったのではない。彼女達は仲間同士で話していたのだ。しかしそんなショッキングな話は、いくら大きな声ではないとはいえ、バクダンには否応無く耳に飛び込んでくる。彼はこの一件でえらくショックを受けてしまった。

 「夜間はクサイ」。この言葉は本当にキツい。僕もこの話を聞いて、本当にショックを感じた。

 彼女達が言うには、夜間はまず昼間と違って偏差値も低く、そして何より普通の大学生でなく、夜に活動する。昼間の学生が帰るころ、サ−クル活動が始まるころ、コンパで盛り上がっているころ、夜間の学生は登校し、授業を受ける。こんな僕達夜間生の暮らし、身分が「クサイ」と感じているらしい。

 確かにこんなヒドイこと、差別的なこと考えている昼間の学生はそうたくさんはいないだろう。しかし、そう考える学生達がいてもおかしくないという事だ。

彼らは昼間の神戸大学にプライドを持っている。当然だ。偏差値も高く、なおかつ爽やかな、絶対自慢したい学校である。そんな神戸大学にあこがれ、苦労して入学したのに、そこには同じ神戸大学なのに偏差値も低く、自分たちよりも簡単に「夜」に入ってきた連中がいる。

 認めたくない。こう思う連中も少なからずいるだろう。僕だってもし昼間で入学してきたら、これと同じ「認めたくない」という感情を、「夜間」に絶対抱く。昼間の神戸大学に入学するのに、苦労すれば苦労するほど、そう感じるだろう。

 こうなると夜間生の方は必然的にコンプレックスを抱く。もしかしたら偏差値が低くても、昼間の大学に入学した学生なら、「まわりも全員バカ」という事で、誰もコンプレックスを抱かないかもしれない。

 しかし神戸大学夜間では話が違う。キャンパスのありとあらゆるところに、偏差値が高く、そして大学生活を爽やかに送る「昼間の神戸大学生」がいる。極めて特殊な環境だ。

 嫌でも「夜間は普通とは違う」と実感出来てしまう。

「君どこの大学?」って聞かれたら、僕達夜間生はまず「神戸大学」と答える。

そうすると大抵は「へぇすごいね」と褒めてくれる。しかし罪悪感に耐え切れず、「夜間だけど」ともらしそうになる。ただ自分を低く見られるのがイヤで黙っている。こんな経験を大抵の夜間生は体験している。

だから心の底から、「正々堂々自分を紹介したい」って考える。

 つまりほとんどの夜間生はこうしたコンプレックスなのだ。

つまり大学生になりたくても、なりきれなかった者達なのだ。

 僕はそれにピッタリあてはまる。

しかし彼らと僕が明らかに違ったのが、僕は正々堂々そんなコンプレックスを認め、「抜け出たい」と行動をおこしたという点だ。

 ところが夜間の学生のほとんどは、そんなコンプレックスを抱えながらも、全然行動に起こさない事が、この時分かった。

 僕はこの夜間に絶対居たくなくなった。「ここに居るわけいかない。抜け出したい。」この気持ちがより一層強くなった。

 そもそも大学との両立をはかって、全力投球で受験勉強に打ち込めることが出来るのだろうか。本気で確実に抜け出すならば、大学なんかに通っている場合ではないだろう。受験に集中しなければだめだ。もしこのまま大学も保険として授業を受け続け、しっかりと単位なんか取っていたら、受験の方が失敗するかもしれない。僕はそう思う様になっていった。

僕は大学を休むことにした。

親には休学ということで許してもらった。来年受験に失敗したら戻ってくるという条件で。でももちろん戻ってくる訳にはいかない。絶対合格。この言葉が胸に突き刺さった。

 

 

 

 

 


偏差値70からの大学受験Part3に続きます。

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ABOUTこの記事をかいた人

東大理三を目指して浪人し、東大模試で理三A判定、センター試験本番で93%得点したところまでは良かったが、550点中1.8点差で不合格になり、慶應医学部に進学して、勉強法ブログをずっと書いているどんぐり。 あと英単語・古文単語学習用アプリを作っています。